みかん

 終電間際の電車で私は入り口付近でうつむいて立っていた。電車が駅につき、ドアが開いて人がドヤドヤと入ってくるなかで、不意に強い芳香を嗅いだ。平日夜のくたびれたサラリーマンの群れにふさわしくない匂いだ。なんの匂いだろう。グレープフルーツのハンドクリームかしら。私は顔を上げて匂いの方をこっそり盗み見た。

 私の斜め後ろを陣取っているサラリーマンが、まさに今、みかんを剥いていた。

 サラリーマンがあんまりに自然だったのでだれも気にしていない様子だった。電車で生の果物を食べている人を見るのは初めてだ。こういうことしていいんだ!と素直に感動した。マリオの知らないコースを見せられた気持ちだった。

 みかんの爽やかな香りが忘れられず、翌日オレンジジュースを飲んだ。