フィルター

 期待しまくって見に行った映画が私にとってはあんまりだった。母から娘への愛がテーマの一つだと感じが、その家族愛観が私の考えと違った。

 私は母を母としてではなく個人として尊重したい。母と自分が違う人間だと気づけた瞬間に脳がスパークして親離れしたことを肌で感じた。以来、母に反抗したいという気持ちがなくなり、大事な友達に接するように母に接することができるようになったと思う。母への慈心を手に入れることができた。

 でも、これは娘としてこの映画を見た感想だ。家族愛ってこうじゃなきゃだめかな?と私は感じたが、母が同じ映画を見たら娘への気持ちってこうなのよねと大納得かもしれない。

 おなじく娘がいる母が主人公の「この世の喜びよ」が刺さりまくったのは、母の人生の中に私と同じ歳の頃の母も存在し続けることが分かったからだと思う。

 私は結局自分というフィルターを通してしか物語を理解することができないのか。物語を読み別の人生を取り入れて寿命を100年分も200年分も増やしていきたいのに、このままでは私としてしか物語を理解できない。それは悲しい。