【感想】抱擁、あるいはライスに塩を

 小さいころ魔女の宅急便を見る時はキキとジジが話せなくなる前の所でビデオを止めていた。相棒と急に話せなくなるのが辛すぎて見ていられなかった。万物は流転するという真理を受け入れられなかった。私は変化が嫌いな子供だった。

 「抱擁、あるいはライスに塩を」は上下巻からなる(文庫版)江國香織の小説で、大きなお屋敷に住む柳島家をめぐるサーガだ。

 上巻で柳島家がどんなお家なのかが分かる。普通とは違うけど面白い一族だ。お金があって、教養があって、愛がある。家族全員がお家のルールを守っている。奇妙だけど高貴だ。上巻の柳島家はみんな元気で、夏のように栄えている。ずっとこれが続いて欲しい。お父様はシャキッとしていて、菊乃や百合は若いまま、子供たちは子供のまま。

 ところが栄華は永遠には続かない。下巻になると柳島一族にも秋が来る。お家にいる人数がだんだん減り、一族に影がさす。

 この本を買った大学生のころ、私は変化が嫌いなままだった。柳島家が盤石に見えた上巻は好きだったが、だんだん一族がほどけていく下巻は読み進めるのが辛かった。最初に読んだ時は光一の彼女の涼子が嫌いだった。一族のルールを乱すな!と思っていた。涼子は外から来て光一を無理やり屋敷の外に連れ出す空気の読めない女だと思っていた。今回読み直して、涼子に対する「何よこの女」感が前より少ないことに驚いた。涼子が光一をかっさらって行ったことは、なんかもう仕方ないと思える。

 避けられないことは避けられないと知ったからかもしれない。変わるまでは怖いけど「なんとかなれーッ」と突破するしかない。そして意外となんとかなる。魔女の宅急便を執拗に前半だけ見ていた女の子も大人になった。私はもう物語を最後まで見届けられる。

 あと、この本は下巻についている解説がべらぼうに面白い。こんなにしっくり来る解説にはなかなか当たらない。こういう風に物語を解釈して文章に起こせるというのは素晴らしい才能だと思う。江國香織はスター性がすごくて、読むと彼女に憧れてしまう。だから解説に寄稿する人の文章が江國香織っぽくなってしまう(ように見える)ことも多い。一方で「抱擁、あるいはライスに塩を」下巻の解説は、江國香織の文章の魅力と一定の距離を保ちながら書かれており、もはや柳島家のノンフィクションを読んでいるような気になる(物語の中では柳島家をそれぞれの登場人物の目で見ていて、解説ではそれを第三者の自分の目で再確認している感じ?本文→解説で、一人称から三人称になるからそう感じでいるのか?)。この本のタイトルの意味するところを紐解く文章は丁寧な証明のように美しい。

 解説を書いたのは、野崎歓(のざきかん)という人。フランス文学者らしい。この人に読書感想文を教わりたい。